経産省「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」を最速で俯瞰:経営は何を決めるべきか
Day1|制度の全体像と「経営の意思決定」フレーム

経産省「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」を最速で俯瞰:経営は何を決めるべきか

はじめに

外部委託・クラウド活用が標準となった現在、取引先のセキュリティは自社の事業継続に直結します。
ところが現場からは、「顧客ごとに要求がバラバラで優先順が決めにくい」「監査は通っても、本当に守れているか見えない」という声が絶えません。
結果として投資は分散し、肝心なリスクは取り残されがちです。


この分断を解消し、最低限守るべきラインと上位の成熟度を共通言語で示す枠組みが、経済産業省が検討を進める「サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度」(以下、SC評価制度)です。
本シリーズでは経営層が迷わず意思決定できるよう、制度の全体像 → 到達基準(★3) → 第三者評価(★4) → 調達・再委託への落とし込み → 12か月ロードマップの順で解説します。
Day1は“鳥の目”で全体を掴み、明日からの実装議論にスムーズに入れる状態をつくります。


免責:本記事は公開情報に基づく一般的な教育コンテンツです。個別企業の状況や契約条件によって最適解は異なります。


制度の目的と位置づけ(なぜ今、可視化が必要か)

SC評価制度の核心は、サプライチェーン全体でセキュリティ対策の「見える化」を進め、重複・過小・過剰のいずれも避けることにあります。
多数の企業が連なる取引構造では、個社ごとの善意や自主ルールに依存すると、要求の食い違いや監査の非効率が慢性化します。
共通の成熟度(スター)を軸に標準化することで、調達・委託・監査の会話が揃い、投資も重要箇所に集中しやすくなります。


制度が目指す3つの便益

  • 底上げ:全社で最低限の土台(★3)を揃え、横並びの弱点を減らす。
  • 説明責任:第三者評価(★4)を活用し、顧客・役員会・規制当局に説明可能な状態をつくる。
  • 効率化:共通言語により、取引先との問合せ・監査・是正の往復回数を削減する。

背景となるリスク環境

近年の被害事例では、ネットワーク経由の侵入(VPN/RDPなどの露出・脆弱な設定)アイデンティティの乗っ取り(多要素未適用)脆弱性対応の遅延が目立ちます。
これらは組織横断で発生する“共通課題”であり、制度の基礎項目で集中的に扱われる領域です。


対象範囲:自社IT基盤を中心とした適用

SC評価制度の適用スコープは、主として自社のIT基盤(ネットワーク、認証・アクセス管理、端末、サーバ、クラウド、バックアップ、ログ等)です。
製造装置などOT領域や製品セキュリティは、別枠の制度・取り組みが想定されるのが一般的で、まずは情報の取り扱い基盤を確実に強化することが求められます。


評価の単位は法人または企業グループが基本ですが、事業会社・IT子会社・海外拠点が混在する場合は、適用範囲(境界)を文書で明示し、委託先・再委託先の管理方法(責任分界・監査・是正)を契約と運用に落とし込みます。


ポイント:クラウド(SaaS/IaaS)を活用する場合は、提供事業者の責任と利用者の責任を分けて設計します。
共有責任モデルを“契約条項・証跡(ログ・設定・脆弱性対応SLA)”に具体化しておくと、後の第三者評価でも説明しやすくなります。

★3/★4/★5の考え方(成熟度の定義)

★3(Basic)—最低限の土台

全社で揃えるべき基本対策群。代表例は、多要素認証脆弱性対応(SLAと手順)パッチ適用ログ取得と保全バックアップの隔離と復元演習メール・Webゲートウェイの堅牢化など。
ここでの肝は「実装」だけでなく「運用」と「証跡」(やれていることを示す記録)です。


★4(Standard)—第三者評価で“仕組みの強さ”を証明

ガバナンス、サプライヤ管理、インシデント対応、教育・訓練、継続的改善まで含む包括的な標準レベル
第三者評価によって外部への説明責任を果たしやすく、重要顧客や規制が強い業種では初手から★4相当の運用設計が現実的な選択肢になります。


★5(Advanced)—高度攻撃を前提にした到達点

脅威インテリジェンスやレッドチーミング、ゼロトラストの徹底など、高度な管理と検知・対応の自立運用を要件とする段階。
全社一律ではなく、事業の重要度・データの機微性に応じて部分適用も検討対象です。


誤解しがちな点:上位段階が下位段階を包含するのは事実ですが、「必ず★3→★4の順」という取得順序が固定されているわけではありません。
取引・規制・顧客要求を踏まえ、最初から★4を視野に設計・運用を開始するほうが効率的なケースも少なくありません。

経営の意思決定フレーム:3つの判断軸

① ビジネス影響(顧客・機微情報・停止リスク)

自社がサプライチェーンのどの位置にいて、停止や漏えいがどれだけの損害を生むかを定量化します。
顧客の要求水準契約上の制約規制データ分類を棚卸し、BCPの観点から投資の優先度を決めます。
重要顧客の要件が★4相当であれば、初手から★4準拠の運用設計を選び、「後から格上げ」による二度手間を避けます。


② システム構造(クラウド・委託・ID/端末の複雑性)

境界の拡散(VPN/RDP、在宅・出張端末)、クラウドやSaaSの採用状況、ID連携(SSO、フェデレーション)、MSP/再委託の階層を可視化します。
3階層目の再委託まで追跡できる管理スキーム(台帳、監査、是正)を契約と合わせて設計することが、第三者評価でも評価されるポイントです。


③ 運用と証跡(“やった”ではなく“できている”の可視化)

方針(Policy)→実装(Do)→運用(Run)→記録(Evidence)の証跡ループが回っているかを確認します。
たとえば「EDRを導入した」ではなく、検知→封じ込め→根絶→復旧→再発防止のプロセスが継続運用され、ログ・チケット・変更管理で裏付けられているかが焦点です。


ミニチェックリスト(役員会向け)

  • 主要顧客の要求水準(★段階)を文書で確認し、ギャップを可視化しているか。
  • 委託・再委託の階層、責任分界、監査・是正の流れが契約・台帳に反映されているか。
  • 変更管理、脆弱性対応、ログ保全、バックアップ復元演習の証跡が四半期でレビューされているか。

ありがちな誤解と落とし穴(心理バイアスの罠)

正常性バイアス:「うちは狙われない」

被害は業種・規模を問わず発生します。
平均より安全という前提は多くの場合、根拠に乏しい期待です。
まずは事実ベースの台帳(資産・委託・アクセス)整備から始めましょう。


計画錯誤:導入で満足し、運用コストを見落とす

ゼロトラストやEDRは“導入して終わり”ではありません。
運用に必要な人員・役割・SLA・ナレッジ化の負荷を予算と同時に確保する必要があります。


権威への短絡:ISMSがあれば十分?

マネジメント規格は強力な基盤ですが、SC評価制度はサプライチェーン文脈での実装確認(再委託管理や第三者視点)に重心があります。
両輪で回す設計が望ましいです。


今日からできる初期アクション(30日プラン)

Day 1–7:スコープ定義と見える化

  • 情報資産のラベル付け:顧客・機微・一般の3層に分類し、保護要求を明記。
  • 委託・再委託の把握:「誰が・何を・どこで・どの権限で」運用しているかを1枚に。
  • 露出点の棚卸し:VPN/RDP、公開管理画面、S3/Blob、メールゲートウェイの設定見直し。

Day 8–14:土台の健全化(★3下限)

  • すべての管理者・外部接続にMFA(多要素認証)を適用。
  • パッチ適用・脆弱性対応のSLAと例外承認フローを決定。
  • バックアップを論理的に隔離し、復元演習をテーブルトップ→限定実機で実施。
  • ログの保存期間と改ざん耐性(WORM/イミュータブル設定等)を定義。

Day 15–21:運用と証跡の型化

  • 変更管理:CAB/承認ログ、リリース判定基準、ロールバック手順の文書化。
  • 是正管理:検知→評価→対処→確認→Closeのチケット運用を定着。
  • 標準回答書の整備:方針・実装・運用・是正を2ページで説明できるテンプレを用意。

Day 22–30:対話とロードマップ

  • 主要顧客と要求水準(★段階)の読み合わせを実施。
  • 第三者評価(★4)を視野に、候補機関・スケジュール・費用の概算を仮置き。
  • 次四半期のKPI(例:MFA100%、重大パッチSLA遵守率、復元演習達成、監査指摘是正率)を設定。

まとめ

  • SC評価制度は、サプライチェーン全体で対策の見える化成熟度の共通言語化を促す枠組み。
  • 対象はまず自社のIT基盤。OT・製品などは別枠の取り組みと連携して進める。
  • ★3=土台/★4=第三者評価で仕組みの強さを証明/★5=高度化。順番は固定ではなく、事業要件に応じて設計する。
  • 経営判断はビジネス影響・システム構造・運用と証跡の3軸で行う。
  • 30日プランで「見える化→土台→証跡→対話」を一気に回し、次四半期のKPIに接続する。
1分で要点を再確認

本制度は“共通言語”です。
まずはIT基盤の土台(★3)を固め、必要に応じて第三者評価(★4)へ。
委託・再委託を見通し、運用と証跡のループを回すことで、外部説明に耐える強さと効率を両立できます。


FAQ(3問)

Q1. ISMS取得済みですが、SC評価制度は不要ですか?
A. 不要にはなりません。ISMSは運用マネジメントの強固な基盤ですが、SC評価制度はサプライチェーン文脈での実装確認第三者視点を補強します。両輪で回す設計が効果的です。
Q2. ★3と★4、どちらから狙うべきでしょう?
A. 顧客要求・停止リスク・監査耐性の3点で判断します。重要顧客が★4相当を期待しているなら、最初から★4準拠の運用を設計し、★3要素は包含して実装すると二度手間を回避できます。
Q3. クラウドやMSPを使っている場合、責任はどこまで?
A. 共有責任モデルを契約・設定・証跡に落とし込みます。具体的には、脆弱性対応のSLA、ログ保全・アクセス記録、是正プロセスの役割分担を明確にし、第三者評価でも説明可能にしておくと安心です。

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