失敗事例から学ぶハラスメント対策:中小企業で本当にあった「ヒヤリ・ハット」【Day3】

失敗事例から学ぶハラスメント対策:中小企業で本当にあった「ヒヤリ・ハット」【Day3】
はじめに
Day1・Day2では、ハラスメント対策の全体像と「どこからアウトか」の基本的な線引きを確認してきました。
しかし、こうした話を聞いても、多くの経営者・管理職の方は、心のどこかでこう思っているかもしれません。
・「うちでそこまで極端なことは起きていない」
・「多少はきついが、周りの会社も同じようなものだ」
・「本当に訴訟や炎上までいくのは、よほどひどいケースだろう」
ところが、実際に問題になるのは、ニュースになるような「極端な事件」だけではありません。
むしろ、
・最初は小さな違和感だった
・「ちょっとまずいかな」と思いながらも放置してしまった
・誰かが冗談半分でやっていたことが積み重なった
といった、いわゆる「ヒヤリ・ハット」レベルの出来事が、
時間をかけて積み重なり、ある日突然「退職」「労働局への相談」「SNSでの炎上」といった形で表面化します。
Day3では、実際の現場で起こりがちな事例をもとに、
・どこで対応を誤ると問題が大きくなるのか
・どのタイミングで手を打てば傷を最小限にできたのか
・事例を自社にどう置き換えて考えればよいのか
を、一緒に見ていきます。
ご紹介する事例は、特定の会社を指すものではなく、
よくあるパターンを組み合わせた「中小企業で起こりがちな典型例」としてお読みください。
1. この回のねらい:事例で「自社の危険ゾーン」を見つける
法律や定義の説明だけでは、「自分の会社にどう当てはまるのか」が分かりにくいことがあります。
そこでDay3では、
- 実際に起こりがちなパワハラ・セクハラ・マタハラ・カスハラのケースを
- 「背景」→「何が起きたか」→「どこで防げたか」という流れで整理し
- 読者の方自身が「自社に似たところはないか?」と照らし合わせられるようにします
ポイントは、「うちの方がマシだ」と安心することではありません。
「似た兆候があるなら、今のうちに何を変えるか」を考える材料として、事例を活用していただければと思います。
2. 事例1:叱責メールが転送されて炎上しかけた製造業A社(パワハラ)
2-1. 背景
A社は、従業員30名ほどの製造業。社長が営業も現場も取り仕切る典型的な中小企業です。
若手のBさん(入社3年目)は、まじめでコツコツタイプ。ただ、スピードが求められる繁忙期にはミスも増えがちでした。
直属の上司である工場長Cさんは、職人気質で「自分の背中を見て学べ」というタイプ。普段から口調は少しきつめでしたが、「結果を出しているから」と誰も意見できない雰囲気がありました。
2-2. 何が起きたのか
ある日、大口の製品で納期遅延の危機が発生しました。原因の一つは、Bさんの工程ミス。
C工場長は感情的になり、社内のグループメールで、
「Bの段取りの悪さで現場がめちゃくちゃだ。
何度同じことを言わせるつもりだ。
社会人としての自覚があるのか?」
といった内容を、関係者全員に送信しました。
メールを読んだBさんは、大きなショックを受けます。しかし、その場では何も言えず、表面的には「申し訳ありません」と謝るだけでした。
数日後、Bさんは親しい先輩にこのメールを転送し、悩みを打ち明けます。先輩は「さすがにこれは言い過ぎだ」と感じ、さらに別の同僚に相談。
結果として、メールは複数の従業員の間で共有され、「これはパワハラではないか」という声が上がり始めました。
やがて、別の退職予定者が、退職面談の場でこのメールをプリントアウトして見せながら、「こういうことが日常的にある」と労働局に相談する意向を示します。
社長がその事実を知ったときには、すでに社内の信頼関係は大きく揺らいでいました。
2-3. どこで防げたか・教訓
この事例には、いくつかの「防げたポイント」があります。
- 1対1で伝えるべき内容を、社内全体に共有してしまったこと
→ 業務上の報告と、個人への叱責を同じメールで流してしまった。 - 人格や能力全体を否定する表現になっていたこと
→ 「段取りのここが間違っていた」と事実に絞ればよかったものを、「社会人としての自覚があるのか」と、人格面に踏み込んだ。 - 日頃から強い口調が「当たり前」になっていたこと
→ 普段からきつい言い方が続いていたため、受け手側のストレスが蓄積していた。
社長ができたこととしては、
- 管理職向けに「メールやチャットでの叱責はしない」ルールをあらかじめ示しておく
- 繁忙期ほど、感情的な叱責ではなく「事実と改善策」に焦点を当てるよう、繰り返し伝える
- Bさんが体調不良や元気のなさを見せた段階で、早期にフォロー面談を行う
といったことが考えられます。
「メール1通くらい」と思えるかもしれませんが、
その1通が会社の姿勢を象徴する証拠として残ってしまうことを意識しておきたいところです。
3. 事例2:「本人同士の問題」と片付けた結果、退職と相談に発展したサービス業B社(セクハラ)
3-1. 背景
B社は、店舗数5店舗のサービス業。店長クラスが現場を任され、社長は全体の数字管理に専念していました。
ある店舗では、店長Dさん(40代男性)と、アルバイトのEさん(20代女性)が中心メンバーとして働いていました。
店長Dさんは、「明るくフランクなキャラ」で通っており、冗談を交えながらスタッフと距離を縮めるタイプでした。
3-2. 何が起きたのか
次第に、D店長はEさんに対して、
- 「彼氏いるの?」「休みの日は何してるの?」といったプライベートな質問を繰り返す
- シフト後に2人きりでの食事にしつこく誘う
- 「その服、似合っててドキッとするね」など、外見に関するコメントを何度もする
ようになりました。
Eさんは、最初は笑ってごまかしていましたが、だんだんと「気持ち悪い」「怖い」と感じるようになります。
勇気を出して、本部の人事担当に相談したところ、返ってきたのは、
「D店長は悪い人じゃないから、あまり気にしないで」
「嫌なら、自分でちゃんと断った方がいいよ」
という言葉でした。
Eさんは、「会社に相談しても何も変わらない」と感じ、別のアルバイト先を見つけて退職。その後、友人に勧められて、外部の相談窓口に状況を話します。
結果として、B社には、外部機関を通じて「セクシュアルハラスメントの疑いがある」との連絡が入り、対応を求められることになりました。
3-3. どこで防げたか・教訓
このケースの最大の問題は、相談を受けた人事が、きちんと対応しなかったことです。
具体的には、
- 相談の内容を事実として受け止めず、「本人同士のコミュニケーションの問題」に矮小化した
- 相談記録を残さず、上長や社長に報告もしなかった
- Eさんの希望(匿名での調査希望など)を確認せず、「自分で断って」と突き放してしまった
その結果、会社として何も動かなかったことが、後々大きなリスクとなりました。
本来であれば、
- 相談を受けた段階で、事実を確認するためのヒアリングや調査のプロセスを説明する
- Eさんが不安にならないよう、匿名性や不利益な扱いをしないことをきちんと伝える
- D店長に対して、早期に行動の見直しと注意喚起を行う
といった対応が必要でした。
「悪気があったかどうか」は大事ですが、それ以上に、
会社として相談をどう扱ったか が強く問われるケースです。
4. 事例3:妊娠をきっかけに優秀社員が辞めてしまったIT系C社(マタハラ)
4-1. 背景
C社は、20代〜30代の社員が中心のIT企業。中でもFさん(30代前半女性)は、プロジェクトリーダーとして会社の売上に大きく貢献していました。
ある日、Fさんは上司に妊娠を報告し、今後の働き方について相談しました。
4-2. 何が起きたのか
上司は第一声で、「おめでとう」と言いつつも、次のようなことを口にしました。
「でも、このタイミングかぁ…。正直、今のプロジェクトのことを考えると、かなり厳しいね」
「産休・育休を取るなら、戻ってきても同じポジションは難しいかもしれない」
Fさんは、不安を感じながらも、「できる範囲で貢献したい」と考え、体調と相談しながら働き続けました。
しかし、つわりで体調が悪い日にも、
- 「また体調不良?クライアントへの印象が悪くなるから、何とかしてほしい」
- 「他のメンバーにしわ寄せがいっていることも忘れないで」
といった言葉をかけられ続け、次第に「自分は迷惑をかけているだけだ」と感じるようになります。
最終的にFさんは、産休前に退職を決意。「戻る場所がないなら、別の道を探した方がいい」と判断したのです。
その後、C社では、
- Fさんの退職理由が社内で共有されず、「妊娠すると辞める人が増える会社」というイメージだけが広がった
- 中途採用の面接で、候補者から「女性でも長く働けますか?」と何度も聞かれるようになった
という状況になりました。
4-3. どこで防げたか・教訓
この事例は、一見すると「制度はあるが、運用で失敗している」ケースです。
ポイントは、
- 妊娠・出産・育児に関する相談に対して、最初のリアクションが不安を増幅させてしまったこと
- 「戻ってきても同じポジションは難しい」といった発言が、キャリア上の不利益を示唆するものになっていたこと
- 周囲のメンバーに業務を振り分ける工夫をせず、「しわ寄せ」という言葉で本人に罪悪感を抱かせてしまったこと
本来であれば、
- 妊娠の報告を受けた時点で、人事担当や社労士などと連携しながら、制度の説明と選択肢を丁寧に提示する
- プロジェクト体制を見直し、「一人に依存する」状態を解消する
- 周囲のメンバーに対しても、会社としての考え方(妊娠・出産を理由に不利益に扱わない)を共有する
といった対応が必要でした。
優秀な人材ほど、「迷惑をかけたくない」という思いから、自ら辞める選択をしてしまうことがあります。
その決断の裏側には、会社側の言動が大きく影響していることを忘れてはいけません。
5. 事例4:カスハラを「現場に丸投げ」してリーダーがメンタル不調になった小売D社
5-1. 背景
D社は、地域密着型の小売チェーン。店長Gさん(30代後半男性)は、売上も人望もある頼りになる存在でした。
ただ、近年は一部のクレーム対応が過激化し、
- 長時間にわたる大声でのクレーム
- 店頭での土下座要求
- SNSでの実名や店舗名を出した投稿
など、いわゆるカスタマーハラスメントに近いケースが増えていました。
5-2. 何が起きたのか
D社では、「お客様第一」の方針が徹底されていましたが、カスハラへの具体的なルールはありませんでした。
そのため、現場では、
- 少々無理な要求でも、「何とかして対応する」のが暗黙の了解
- 本部に報告しても、「現場判断でお願い」と言われることが多い
という状態が続いていました。
ある日、常連クレーマーとも言える顧客が来店し、レジ対応のささいなミスをきっかけに、G店長を名指しで2時間以上怒鳴り続けました。
G店長は、謝罪を繰り返し、途中で本部に電話しましたが、「とりあえず落ち着くまで対応して」と言われ、最後まで一人で対応することになりました。
その後も同じ顧客からのクレームが続き、G店長は、
- 出勤前から動悸がする
- 眠れない日が続く
- 店に近づくだけで吐き気がする
といった状態になり、最終的には心療内科を受診。「しばらく休職が必要」と診断されました。
店舗は一時的に代行店長を立てましたが、売上は落ち、スタッフの不安も高まる結果となりました。
5-3. どこで防げたか・教訓
この事例のポイントは、会社として「どこまで対応し、どこからは線を引くか」を決めていなかったことです。
本来であれば、
- 大声で怒鳴る、長時間拘束する、土下座を要求するなど、明らかに行き過ぎた要求には応じない方針を、会社として明文化する
- カスハラの疑いがあるケースでは、現場だけで抱え込ませず、本部が早い段階で対応を引き取るルールを作る
- 従業員がクレーム対応後に相談・報告しやすい窓口を設ける
といった体制が必要でした。
また、G店長が体調不良を訴え始めた段階で、「がんばってくれているから大丈夫だろう」と放置せず、
- 面談を行い、状況を丁寧に聞き取る
- 医療機関への受診を促す
- 配置転換や一時的な業務軽減を検討する
といった対応ができていれば、休職に至る前に手を打てた可能性もあります。
カスハラが問題になる時代において、「お客様第一」と「従業員を守ること」のバランスをどう取るかは、経営課題の一つと言えます。
6. 危険サインチェックリスト:あなたの会社ではどうか?
ここまでの事例を踏まえて、自社に当てはまるものがないか、簡易チェックをしてみてください。
- 叱責や注意を、メールやチャットの「一斉送信」で行っていることがある
- 注意するとき、つい「性格」「人柄」など人格面に話が及びがちだ
- 冗談や雑談の中で、プライベート(恋愛・結婚・家庭)の話題に踏み込みがちだ
- 妊娠・出産・育児・介護の話題が出ると、とっさに「大変だね」「仕事どうするの?」とネガティブに反応してしまう
- 「お客様第一」を理由に、明らかに行き過ぎたクレーム対応も現場任せになっている
- 相談窓口は形だけあり、「どうせ言っても何も変わらない」と思われている気がする
いくつか当てはまる部分があっても、すぐに「アウト」というわけではありません。
大切なのは、「このまま放置したら、今日の事例のような事態になるかもしれない」と捉え、
Day4以降で扱う具体的なルールづくり・仕組みづくりにつなげていくことです。
7. 4つの事例から見えた「失敗パターンの共通点」
4つの事例に共通していたのは、次のようなポイントです。
共通点1:問題が起きた「あと」の対応が遅い・弱い
どの事例でも、最初の段階で、
- 丁寧なヒアリングや対話
- 上司や本部への早期エスカレーション
- 記録の作成と、対応方針の検討
といったことができていれば、被害やトラブルの拡大を防げた可能性があります。
「忙しいから」「大事にしたくないから」と後回しにすると、その分だけ傷が深くなってしまいます。
共通点2:「悪気はなかった」で止まってしまう
加害側・相談を受けた側の共通の口ぐせが、「悪気はなかった」「そんなつもりはなかった」でした。
しかし、ハラスメントが問題になるときに重要なのは、
- 相手がどう感じたか
- 就業環境にどんな影響が出ているか
- 会社としてそれを見過ごしていないか
という点です。
「悪気はなかった」で思考停止せず、「では、どうすればよかったか?」まで踏み込んで考える必要があります。
共通点3:ルールや体制があいまいなまま現場に任せている
メールやチャットでの叱責、セクハラ相談の扱い、妊娠・育児・介護に関する働き方の相談、カスハラ対応――。
これらについての最低限のルールやフローが決まっていないと、どうしても個々人の感覚に頼った対応になってしまいます。
結果として、
- 対応する人によってバラつきが生じる
- 「たまたま一番きつい人/忙しい人」の対応が会社の姿勢と見なされる
という状態になります。
Day4では、こうした事例を踏まえて、
- 就業規則・社内規程にどう書くか
- 相談窓口や調査フローをどう設計するか
- 小さな会社でも無理なく回せる仕組みにするにはどうするか
といった「実務的な設計」について、具体的に見ていきます。
8. まとめ+要約
▼この記事の要点
- ハラスメントの多くは、ニュースになるような極端な事件ではなく、「ヒヤリ・ハット」の積み重ねから生じている。
- パワハラ事例では、叱責メールを社内一斉送信するなど、「伝え方」を誤ったことが、証拠となってトラブルを拡大させた。
- セクハラ事例では、相談を「本人同士の問題」として片付けてしまった会社側の対応が、後の退職や外部相談につながった。
- マタハラ事例では、妊娠の報告に対する最初のリアクションや、キャリアの不利益を示唆する発言が、優秀人材の退職を招いた。
- カスハラ事例では、「お客様第一」の名のもとに現場へ丸投げした結果、リーダーのメンタル不調と店舗の混乱を招いた。
- 4つの事例に共通するのは、「問題発生後の対応の遅さ」「悪気はなかったで止まる姿勢」「ルールと体制のあいまいさ」であり、ここを見直すことでリスクを大きく減らすことができる。
9. FAQ(よくある質問)
- Q1. うちでも似たような場面があった気がしますが、今からでも対応を見直す意味はありますか?
-
A. あります。過去の出来事そのものをなかったことにはできませんが、今からできることはたくさんあります。例えば、「今後はこう対応する」という方針を示す、当事者に改めて対話の場を持つ、相談窓口の案内を徹底するなどです。大切なのは、「問題があったかもしれない」と気づいたときに、そこで止まらずに一歩踏み出すことです。
- Q2. 事例のような相談があった場合、まず誰に報告・相談させるべきでしょうか?
-
A. 会社の規模にもよりますが、少なくとも「この窓口に言えば、会社として動いてもらえる」というルートを一本決めておくことが重要です。人事担当者やコンプライアンス担当がいない場合は、社長以外の役員・管理職で信頼できる人を窓口にする、外部の社労士や産業保健スタッフを窓口にするなどの方法があります。
- Q3. 事例を社内研修で使うときの注意点はありますか?
-
A. 実際の社内の出来事を題材にする場合は、個人が特定されないよう配慮することが大切です。また、「この人が悪い」と犯人探しをするのではなく、「なぜこうなったのか」「会社としてどうすれば防げたか」に焦点を当てることで、前向きな学びの場にすることができます。Day4では、こうした研修・周知の進め方についても触れていきます。
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