106万円の壁撤廃に備える中小企業の実務対応と人件費対策

106万円の壁撤廃に備える中小企業の実務対応と人件費対策
はじめに
制度改正の内容を理解したら、次に必要なのは実務対応です。
「何となく大変そう」
「社会保険料が増えそう」
「従業員にどう説明すればいいかわからない」
この段階で止まってしまうと、直前になって慌てることになります。
しかし、やることを順番に分ければ、決して難しすぎる話ではありません。
中小零細企業が行うべきことは、大きく分けると次の4つです。
- 対象者の確認
- 人件費の試算
- 雇用契約の見直し
- 従業員説明
2026年10月には、これまで「106万円の壁」と呼ばれていた月額8.8万円以上という賃金要件が撤廃される予定です。今後は、週20時間以上働く人が社会保険の加入対象になりやすくなります。
今日は、経営者が今から取り組める具体的な対応を整理します。
目次
1. 対象者リストを作る
まず行うべきことは、対象者リストの作成です。
リストに入れるべきなのは、週20時間以上、または週20時間に近い働き方をしている人です。
特に、週18時間から25時間くらいのパート・アルバイトは確認が必要です。
リストには、次の項目を入れましょう。
- 氏名
- 雇用形態
- 週所定労働時間
- 1日の勤務時間
- 週の勤務日数
- 月額賃金
- 雇用期間
- 学生かどうか
- 扶養内希望の有無
- 今後の勤務希望
このリストを作るだけでも、会社への影響がかなり見えやすくなります。
たとえば、週20時間以上の人が1人だけなのか、5人いるのか、10人以上いるのかで、必要な準備は変わります。
対象者が少ない場合でも、従業員への説明や手続きは必要です。対象者が多い場合は、人件費への影響を早めに試算する必要があります。
また、現時点では週20時間未満でも、繁忙期や欠員対応で勤務時間が増えやすい人も確認しておきましょう。
「普段は対象外だが、実態として長く働いている」という人がいる場合、後から判断に迷うことがあります。
そのため、リスト作成では、契約上の勤務時間と実際の勤務時間の両方を見ることが大切です。
2. 雇用契約書を確認する
次に、雇用契約書や労働条件通知書を確認します。
ここで見るべきなのは、実際に働いている時間だけではありません。
契約上、週何時間働くことになっているかが重要です。
たとえば、実態としては週22時間働いているのに、契約書では週15時間となっている場合、実態と契約がずれている可能性があります。
このような状態を放置すると、社会保険だけでなく、労務管理全体の問題につながります。
確認すべきポイントは次の通りです。
- 所定労働時間が明記されているか
- 勤務日数が明記されているか
- 雇用期間が明記されているか
- 更新の有無が書かれているか
- 実態と契約内容が合っているか
- 口頭の約束だけになっていないか
制度改正をきっかけに、雇用契約書を整えることは、会社を守ることにもつながります。
特に中小零細企業では、長年働いているパート従業員について、入社時の契約書のままになっているケースがあります。
最初は週3日勤務だった人が、今では週4日、週5日に増えている。仕事内容も増えている。時給も変わっている。ところが契約書は昔のまま。
このような状態では、社会保険の判断だけでなく、残業、休日、賃金、雇用期間の確認でもトラブルになりやすくなります。
雇用契約書の見直しは、面倒に感じるかもしれません。しかし、制度変更の前に整えておくことで、従業員にも説明しやすくなります。
3. 人件費を試算する
対象者が見えてきたら、人件費を試算します。
試算では、次の3パターンを考えるとよいでしょう。
パターン1:現在の勤務時間を維持する
現在の働き方を続けた場合、何人が社会保険加入対象になるかを確認します。
この場合、会社負担の社会保険料が増える可能性がありますが、人員体制は維持しやすくなります。
現場が今の人員でうまく回っている場合、無理に勤務時間を減らすよりも、社会保険料負担を前提に利益構造を見直す方が現実的なこともあります。
たとえば、業務の効率化、価格の見直し、無駄な作業の削減、採用費の抑制などを合わせて考えることが大切です。
パターン2:本人希望により勤務時間を調整する
扶養内勤務を強く希望する従業員がいる場合、本人と話し合ったうえで勤務時間を調整するケースです。
ただし、会社が一方的に時間を減らすのは避けるべきです。
勤務時間の調整は、従業員の収入や生活に直接影響します。
「社会保険に入らないようにするために、来月から時間を減らします」と会社が一方的に伝えると、不満やトラブルにつながる可能性があります。
本人が扶養内勤務を希望しているのか、もっと働きたいのか、今後の生活設計をどう考えているのかを確認したうえで、対応を決める必要があります。
パターン3:より長く働いてもらい戦力化する
社会保険に加入するなら、むしろ勤務時間を増やし、より重要な業務を任せる考え方です。
この場合、会社負担は増えますが、採用難の中で既存従業員の定着や戦力化につながる可能性があります。
たとえば、長く働いているパート従業員に、教育係、在庫管理、発注、顧客対応、シフト補助などを任せることも考えられます。
社会保険加入をきっかけに、「短時間の補助業務」から「会社を支える重要な人材」へ役割を広げることもできます。
ただし、役割を増やす場合は、本人の希望、能力、処遇を合わせて考える必要があります。
4. シフトと業務を見直す
社会保険料の負担増に備えるには、シフトと業務の見直しも必要です。
見直すべきポイントは、単に「人を減らす」ことではありません。
大切なのは、限られた人員で成果を出せる形に変えることです。
たとえば、次のような見直しが考えられます。
- 繁忙時間帯に人員を集中する
- 重複している作業を減らす
- 紙や手作業の事務を減らす
- 教育時間を短くするマニュアルを作る
- ベテランパートに責任ある業務を任せる
- 採用より定着を重視する
社会保険料の負担増は、単なるコスト増ではなく、業務改善のきっかけにもなります。
たとえば、同じ時間帯に人が多すぎる一方で、本当に忙しい時間帯には人が足りないという職場は少なくありません。
また、特定の人にしかできない作業が多いと、その人が休んだときに現場が止まりやすくなります。
このような状態では、人件費が増えても生産性が上がりにくくなります。
制度改正に備えるなら、単に「社会保険料をどうするか」だけでなく、「今の働き方で本当に利益が出ているか」を見直すことが大切です。
業務を見直すときは、現場の声を聞くことも重要です。
経営者や管理者が見ていないところで、実はムダな作業が発生していることがあります。
たとえば、同じ内容を何度も紙に書いている、確認作業が重複している、古いルールが残っている、誰も見ていない資料を作っている、といったケースです。
こうした小さなムダを減らすことで、社会保険料の負担増を一部吸収できる可能性があります。
5. 専門家に相談すべきタイミング
次のような場合は、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
- 対象者が複数いる
- 扶養内勤務希望者が多い
- 雇用契約書が整っていない
- シフトが複雑
- 社会保険の加入判断に迷う
- 従業員説明に不安がある
- 人件費増が経営に影響しそう
特に、社会保険の加入判断は、自己判断だけでは危険な場合があります。
制度を誤って理解したまま対応すると、後から手続き漏れや従業員トラブルにつながる可能性があります。
早めに相談することで、会社の状況に合った対応策を考えやすくなります。
相談する際には、事前に情報を整理しておくと話がスムーズです。
たとえば、次の資料を用意しておくとよいでしょう。
- 従業員一覧
- パート・アルバイトの勤務時間一覧
- 雇用契約書または労働条件通知書
- 直近のシフト表
- 給与台帳
- 扶養内勤務希望者の人数
- 今後の採用予定
- 会社として不安に感じていること
専門家に相談する目的は、単に「法律上どうか」を確認することだけではありません。
会社の規模、従業員構成、利益状況、採用状況に合わせて、現実的な対応策を考えることが大切です。
制度改正への対応は、会社ごとに正解が違います。
だからこそ、早めに状況を整理し、自社に合った準備を進めることが重要です。
まとめ+要約
106万円の壁撤廃に備えるには、制度を知るだけでなく、実務対応に落とし込むことが重要です。
まず、週20時間以上または週20時間に近い従業員を洗い出しましょう。
次に、雇用契約書と実際の勤務状況を確認します。
そのうえで、人件費を試算し、シフトや業務の見直しを進めることが大切です。
中小零細企業では、早めに準備した会社ほど、従業員にも丁寧に説明でき、経営判断もしやすくなります。
制度改正は、避けられない負担増としてだけ見るのではなく、働き方や人員配置を見直す機会として捉えることが大切です。
対象者リストの作成、雇用契約書の確認、人件費試算、従業員説明。この4つを早めに進めることで、2026年10月に向けた不安を減らすことができます。
FAQ
Q1. 雇用契約書が古いままですが問題ありますか?
実際の働き方と契約内容がずれている場合は、見直しが必要です。制度改正をきっかけに整備しましょう。
Q2. 対象者が1人だけでも準備は必要ですか?
必要です。1人でも社会保険加入対象になると、手続きや会社負担が発生します。
Q3. 勤務時間を20時間未満にすればよいですか?
本人の希望や業務実態を無視して一方的に変更するのは避けるべきです。まずは話し合いと契約内容の確認が必要です。
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